クライミングが好きです。山が好きです。そして、厳しくも美しい”白い峰”が大好きです。約1年半前に長く勤めた職場を離れ、フルタイムクライマーになりました。それからというもの、世界に散らばる憧れの白い峰々を訪ねる旅が始まりました。3月にはフランス・シャモニ、5月にはアラスカ。そしてパートナーに恵まれなかった8月は、単身ペルーへ向かうことを決めました。
1ヶ月の遠征期間を設け、Alpamayoの南西壁French Direct ルートを目指します。2度目の南米旅行、しかも今回はひとり旅。期待と不安を胸に降り立った地球の反対側には、暖かい人々と美しい山々と、ワクワクするような冒険の日々が待っていました。
Alpamayoはペルーアンデス、ブランカ山群にそびえ立つ5,947mの尖峰です。1966年、ドイツの山岳雑誌『Alpinismus』において、“The Most Beautiful Mountain in the World(世界で最も美しい山)”と称されました。南西壁にはアイスフルートと呼ばれる特徴的な襞が無数に走り、その美しさを際立たせています。
入国から5日間かけて登山準備をし、6日目にいよいよ登山口へ。トレッカーにもロバにも心配されながら、30kgを超える重荷を担いでのひとりキャラバンが始まりました。
Alpamayo ベースキャンプへと向かうサンタクルストレイルは、清流に抱かれながら6,000m級の高峰をいくつも望む大人気のトレッキングルートです。Alpamayoを目指すクライマーは途中でトレイルを外れ、Alpamayoベースキャンプへと向かいます。
荷物を少しでも軽くするため、朝晩の食事はアルファ米とカップ麺のみ。全て日本から持参しました。普段山でもあまり食べないカップ麺に舌鼓。かたや、コックを雇うパーティのキッチンテントからは絶えずレストランのような香りが漂ってきます。
ベースキャンプとハイキャンプの中間にある、標高4,900mのモレーンキャンプ。絶景キャンプを堪能します。
モレーンキャンプからハイキャンプへ! いよいよ雪と氷の世界に突入です。トレッキングシューズを脱ぎ捨てて、要らない装備をモレーンキャンプにデポ。アックスを手に、冬靴とアイゼンに履き替えました。最後の200mは計3ピッチのクライミングとなりました。
入山4日目にやっと上部キャンプへ到着しました。標高5,500m。そしてついに眼前に現れた、神の彫刻作品のようなAlpamayo南西壁です。血中酸素飽和度は低く、疲労も全身に溜まっています。しかし幸い好天に恵まれ、明日も穏やかな晴天予報です。
入山後に知ったことですが、Alpamayo南西壁の単独登攀は現在禁じられています。私は現地で知り合ったパーティとロープを組ませてもらい登りました。深夜に登攀開始。足元の切れ落ちたベルクシュルントを超えると、あとはひたすらダブルアックスの氷雪壁登攀となります。壁のほとんどを真っ暗闇の中通過し、頂上が近くなって来た頃にようやく辺りが白み始めました。
朝日に燃える、キタラフとアルテソンラフの北面。あと数ピッチを残すAlpamayo南西壁はいまだ日陰で、放射冷却も効いてか凍えるように寒かったです。
山頂は複雑な形状に育ったスノーマッシュルームの上でした。360度、遮るもののない大パノラマを堪能します。酸素は薄くて息が切れますが、最高の瞬間ですね。
長い長い懸垂下降で下山後、一緒に登ったパーティを見送り、私はひとり上部キャンプに残りました。深い疲労と酸素不足の身体に心地良さすら感じながら、美しい山を望むテントの中でひとりの静かな時間を楽しみました。
翌朝、下山を開始。下山中も素敵な出会いの連続でした。
トレッキングのガイドパーティとキャンプを共にし、ロモサルタード(牛肉と野菜の炒め物)などのペルー料理もいただきました。ちなみに、現地の人との会話はほぼ全てスペイン語です。少しは話せるようになってから訪れたことで、わずかながらコミュニケーションも楽しむことができました。
幸せいっぱいの7日間の旅の締めくくり。天候に恵まれ予定よりも早く下山できたので、トレッキングへ出掛けたり、マチュピチュへ観光にも行きました。
ペルーを120%楽しんだ感はあるものの、まだまだ登りたい山や行きたいところが盛りだくさん。また近いうちにこの豊かな土地へ戻ってきたいと思います。