人類初の宇宙飛行を成し遂げた国、ロシア連邦。ヨーロッパ大陸最高峰・エルブルース峰は、その国にあります。ユーリイ・ガガーリン飛行士が宇宙から伝えた有名な言葉より、宇宙船ボストーク1号が発射された際に彼がつぶやいた「さあ、行こう!」という言葉が好きです。これから未知の世界に向かう気持ちが、短い交信記録から伝わります。その情景を思い浮かべながら、ヨーロッパ大陸最高峰を旅します。
博物館での仕事をしばらくお休みさせていただくため、出国当日の朝まで慌ただしく過ごしていました。その寝不足から「やっとゆっくり寝られる …」と、体が安心したのか、時差ボケも手伝って飛行機のなか、車のなか、モスクワでの宿泊先、時間があれば眠り続けました。寝ぼけながらエルブルース峰の麓、アザウ村に到着です。
「ここ、どこ?」その村の第一印象です。皆さんの顔つきがモスクワとは異なっています。映画などのシーンで見たことのある、自動車がオーバーヒートしてボンネットを開いたエンジンから白い煙が吹き出している光景も刺激的。エルブルース峰は、地理的にヨーロッパとアジアを分けるようなコーカサス山脈にあります。世界地図を広げて位置を調べると、山脈の向こう側にはジョージア(グルジア)、アゼルバイジャン共和国が広がっています。
昨夜、大雨が降り続いていましたが、嬉しいことに雲が切れ始めました。日本では秋霖の時期、モスクワ滞在中も曇天だったので、そのわずかな日差しに嬉しくなります。
鮮やかな草色に癒されます。その嬉しさと癒しの気持ちが、シャッターを切る回数に表れてしまいます。
朝食メニューは、マカロニ、チーズ、ヨーグルト、そして食後の紅茶。季節的には、「色なき風」と呼ぶのでしょうか、眠気を覚まさせてくれる風の気持ちのいいこと。ロープウェイ運行開始に合わせてロッジをゆっくり出発します。山稜に建てられたロープウェイの鉄柱たちがテクノスケープとなって、妙な世界観を演出します。
観光地のロープウェイ麓駅によくある模型。最初に自分がいる場所、次にロープウェイ終点駅の場所、その次にエルブルース峰山頂、最後にエルブルース峰山頂までの登山コースの順番で探します。ロープウェイに乗り込むまでの時間潰しのつもりが、時間を忘れて一人凝視してしまいました。
ここは観光地であり、冬季にはスキー場となります。登山装備を大掛かりに背負っている自分のスタイルが場違いに思えてきます。世界中どこでも共通なのでしょうか、その国での最高峰は人気があります。人気があればこのロープウェイが運行しているようにアクセスは良くなり、麓の村では宿泊施設が充実するでしょう。夏の富士登山を思い出します。
「標高6,000m弱の雪山に登るぞ!」という意気込みが、これから便利なロープウェイに乗り込むことと、和やかな観光客の皆さんと一緒に乗り込むことに困惑してしまいます。
今日は日曜日。乗り込んだロープウェイは満員です。停電となれば運行中止と聞かされていましたが、予定通り運行され始めました。安心する一方で、「やはり登山者としては麓から登らないと…」と、気持ちが何かひっかりながら乗り込みます。朝から気持ちよく酔った叔父様方、我々東洋人を見かけて声をかけないはずがありません。
英語ではなく、ロシア語直球でいろいろと聞いてくるのでこちらも日本語直球で答えます。酔っていることもあってか会話が全て感覚で成り立つのが不思議ですが、お別れの際に何やら気の利いたメッセージのようなことを耳元でささやいてくれました。「じゃ!楽しんで来てね~!」みたいな仕草は万国共通のようです。
天文台を発見!
標高が上がるにつれ、観光地の雰囲気から山岳の世界に変わり始めました。麓から続く登山道も見えます。
天文に携わる仕事に就いているので、日が暮れるまで時間があれば天文台へ挨拶に行こうとソワソワします。もしかしたら天文台の中まで案内してくれるかも、と妄想を楽しんだところで…。
その天文台は、谷の遥か向こう側であることが判明。アングラーの気持ちに例えると、釣り上げられるはずだった大物が目の前で逃げてしまった気分。その悲しさと無念さの気持ちが、シャッターを切る回数に表れてしまいます。
エルブルース峰は、富士山と同じ成層火山。登山での楽しみは説明するまでもなく、たくさんあります。眺望だけでなく、歩きながら足元を観察して、その山が今の姿になるまでの歴史を想像することも好きです。隆起、噴火、浸食によって形成される山の生い立ちは人間が実感できる時間軸のスケールではありません。観察力をフル回転させて自分が登っている山の歴史に立ち会っていることをフィールドワークとして自分なりに考えます。
成層火山である以上、今回の登山中に噴火することも考えられます。登山での心配事として笑われてしまうような万が一のリスクまで、十分認識しておくことは大切なことです。「双耳峰のエルブルース峰が次の噴火で6,000m級峰に姿を変えるかも…」なんて想像しながら地質学者気分で地球科学的な山歩きも楽しみます。
※2002年9月にフィールドに訪れた際の記事となります。