人類初の宇宙飛行を成し遂げた国、ロシア連邦。ヨーロッパ大陸最高峰・エルブルース峰は、その国にあります。ユーリイ・ガガーリン飛行士が宇宙から伝えた有名な言葉より、宇宙船ボストーク1号が発射された際に彼がつぶやいた「さあ、行こう!」という言葉が好きです。これから未知の世界に向かう気持ちが、短い交信記録から伝わります。その情景を思い浮かべながら、ヨーロッパ大陸最高峰を旅します。
天候に恵まれなければ山頂へは向かえません。天候の回復を待つ予備日は3日間のみ。雲量ゼロの快晴を期待する天体観測ではないので、風と降雪の状況から問題ないと判断したら出発します。
予備日の1日目は「待機」となりました。リーダーの判断に「えー」という気持ちは沸かず、メンバー全員「そうですよね」という空模様です。エルブルース峰登山は、ルートが単調な雪面がゆえに、視界が悪くなると現在地が分からなくなります。また、目印になるものが乏しいため、距離の感覚がつかめにくいことも特徴のひとつです。
昨日の比較的穏やかな降雪でも、ホワイトアウトの状態に陥ると、徐々に平衡感覚が鈍くなることが感じられました。天候の判断は、夜明け前の時間帯に行います。登山が中止と判断されれば、まだ温もりの残っているシュラフに戻って二度寝。登山可能な日であることを決めるのは、全て天候なので諦めもつきます。
辺りが明るくなって、予想通りしっかり曇っていてくれると心が落ち着きます。もし青空が広がっていたら、気持ちは曇天、雲量10です。
山好きの登山仲間同士、滞在と決まれば気持ちの切り変えは早く、朝から山話一色です。酷い目にあった登山談、辛い思いをした登山談、失敗した登山話ほど盛り上がります。登山で失敗した生々しい体験談は、その話に大笑いするだけでなく、リスクマネジメントのケーススタディとしてシェアし合って、その貴重な経験を吸収します。
午後になると、明日の予備日2日目の天候が心配になりはじめます。小屋から出て、空を眺めながら散歩します。
他のチームも、気持ちは同じ。
この天候の中、山頂へ向かっているチームも。
日頃の日課なのでしょうか、予備日の過ごし方は人それぞれです。
上部の様子を偵察された人から、雪の状態を教えてもらいます。その分かりやすいジェスチャーと表情から、昨日の降雪で大変な状況になっていることを知ります。
今回のヨーロッパ大陸最高峰に集まった方々の出身地は、日本、ロシア連邦、イギリス、アメリカ合衆国、メキシコ合衆国、オーストラリア連邦、ニュージーランド、ポーランド共和国、フィンランド共和国、そしてベルギー王国。国際色豊かな10ヵ国、世界各地からの山好きが大集合です。
午後5時、アメリカの登山チームが疲れ切って小屋まで戻れないという連絡が入ります。薄暗くなった雪山での雰囲気が緊張感を高めます。急遽、大型雪上車が救助のため、上部へ向かいます。今晩の夕食は、カレー、スープ、サラダ(トマト、キューリ)、そして食後にはレモンティーまで。午後7時40分、救助に向かった雪上車が戻ってきました。
食事を中断して出迎えます。男性に「大変でしたね」みたいな表情で労うと、「very tired」と呟いで雪上車から落ちるように雪面に崩れました。チームの女性ガイドに「無事に戻れて良かったですね」の意味を含めて握手をすると、「どういたしまして . . .! 」と、笑顔を交えて日本人特有のお辞儀を強調した仕草が返ってきました。こんな状況でも、ユーモアを感じさせる自然な振る舞いに映画を観ているようです。強そうな登山チームでも、ここまで疲弊させるルートが待っていることに気持ちが引き締まります。
※2002年9月にフィールドに訪れた際の記事となります。