世界で初めて世界五大陸最高峰に登頂した冒険家・植村直己さんの活躍に、どきどき、はらはら、わくわくしていた小学生。通学路の世界しか知らない子どもにとって、スーパーヒーローです。その冒険家の遭難を知った時、「世界五大陸最高峰に登ってみよう」ぼわっと頭の中でそんな思いが広がりました。「憧れ」から「挑戦」に変わった瞬間、高校1年生の時でした。
帰りの飛行機旅も、各駅停車の乗り合いバスそのもの。搭乗した飛行機の関係で、パキスタン・イスラム共和国のカラチに立ち寄ることとなりました。パキスタン・イスラム共和国は、カラコルム山脈、世界第2位高峰K2(標高8,611m)取材のために行ったことがありますが、カラチは初めて。滞在期間は1日。カメラひとつ持って街を歩きます。
「ここどこ?」「どこ行こ?」「何しよ?」、何の予備知識、事前情報もないことが旅の醍醐味と魅力を何倍にも増幅させます。気分だけは、作家・沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』の世界です。騒がしい街の中、途方に暮れて棒立ちとなっている怪しい日本人。19歳の時、度胸試しにひとりで台湾を徒歩縦断した時の旅を思い出します。
パキスタンでの文字は、書かれている意味はもちろんのこと、それが文字とすら読めません。大雑把な地図から近くに海があることを知り、タクシーで行ってみます。登山の間、ずっと山の中で過ごしていたため、きれいなビーチでゆっくり過ごそうというプラン(希望)です。しかし、海辺到着と同時に、再び棒立ちとなっている怪しい日本人となりました。イメージ(妄想)していたビーチと現実の風景、あまりにもギャップがあります。
途方に暮れている私に、馬を引き連れて男性が近寄ってきます。言葉は全く分からなくても、「この馬に乗ってビーチを散歩しないか? 安くしておくよ!」みたいなことを話している意味だけは正確に分かります。何も話さなくても、首を激しく横に振れば「乗りません」の意志も正確に伝わります。的確なジャスチャーは、ユニバーサルデザインそのものです。
ビーチでのリゾートプランを切り替え、観光地ではない街中を、ふらふらと自由に散策します。
自由と言っても、その国の礼儀や作法があります。日本でも同じことが言えますが、建物に入る時、見学する時には必ずルールがあります。その予備知識を持ち合わせていないため、辺りの方々を真似て慎重に行動します。
どこに立ち寄っても、初めて見るものばかり。とても新鮮な気持ちです。登頂する前、まだ行ったことがなかったキリマンジャロ峰山頂の世界はイメージ出来ましたが、想像すら出来ないカラチ散策は、ある意味、冒険要素満載です。
市内を走る公共交通機関の乗り合いバスを見ただけでも、「何でっ?」と感じさせる、そのデザインに驚かされます。カラチ散策でのインパクトが強過ぎて、数日前までのアフリカ大陸でのナチュラルな登山が遠い昔の出来事に感じられてきます。
飛行機の搭乗時間調整で立ち寄ったパキスタン・イスラム共和国から出国し、次の国へ向かいます。行きと同じように、飛行機搭乗席、隣りの方との一期一会の短い会話を楽しみに、搭乗ゲートをくぐります。誰もいない自然相手の登山が大好きですが、国や言葉、文化関係なく、様々な方々とお会いしながらの旅も大好きであることを教えてくれたキリマンジャロ峰登山。「旅でお会いした方々、今頃何してるのかな?」と、四半世紀経った今でも、時々思い出します。これら小さな思い出は、目には見えるものではありませんが、私にとって大切なものです。