〈※本記事は、2002年9月にフィールドに訪れた際のアーカイブレポートになります〉
人類初の宇宙飛行を成し遂げた国、ロシア連邦。ヨーロッパ大陸最高峰・エルブルース峰は、その国にあります。ソ連の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンが宇宙から伝えた有名な言葉より、宇宙船ボストーク1号が発射された際に彼がつぶやいたとされる「さあ、行こう!」という言葉が好きです。これから未知の世界に向かう気持ちが短い交信記録からも伝わります。その情景を思い浮かべながら、ヨーロッパ大陸最高峰を旅します。
お天気も良いので、チェゲット山(標高3,500m)へハイキングに行くこととなりました。ここは観光地、観光客の皆さまとスキーリフトの順番を待ちます。
アザウ谷、バクサン谷を眺めます。この風景は止まっているわけではなく、現在でもゆっくり変化し続けています。子どもの頃から地学に関することが好きで、大学で自然科学を学んでいたこともあり、このような地形を眺めると長い年月をかけてこの谷を造った地球史を想像してしまいます。これから何万年もかけて、この地形がどのように変化してゆくのでしょうか。標高が100m上がると気温は0.6度下がります。数日前まで降り続いていた雨が、ある一定の標高から雪になっていたのでしょう、その境がまるで定規で線を引いたかのようです。雪を花に譬えて「六花」とも呼びますが、その白い花たちが「ここから上は秋ではなく冬ですよ」と教えてくれているようです。
山頂まで行かず標高3,050mの眺望の良い場所で、ゆっくり過ごすことにしました。冬になれば多くのスキーヤーで賑わうのでしょうが、誰もいないとても静かな場所。国境警備隊の小屋が、ここはジョージア共和国(グルジア共和国)との国境に近いことを教えてくれます。
登山中はエルブルース峰に取り付いていたため分かりませんでしたが、山容全体を初めて見ます。遠くからから眺めると、スノーハイク気分で簡単に登れてしまいそうな錯覚が。バックカントリー スキーが好きな方々でしたら、最高の滑降が楽しめそうです。この天候でエルブルース峰を眺めると、星屋としてはガラパシ小屋で数日間滞在して、満天の星を楽しみたかったと思ってしまいます。山での楽しみ方は、人それぞれ星の数ほどあります。
足元に目を移すと、タンポポ?のような花が咲いています。耳を澄ませば「ギスギスギスギスッ・・・」と、日本では聞き慣れない鈴虫の鳴き声まで。
チェゲット山は、高山植物が有名とのこと。きれいな花々ということで、高山植物鑑賞を十分楽しみますが、花の名前までは . . . 。
今回の登山では小型天体望遠鏡だけでなく、天体観測用の双眼鏡まで日本から持参しました。ガイドが興味津々だったので、双眼鏡をお渡しします。
双眼鏡を通して、北壁のオーラが伝わってきます。
左側が、ドングルスオン峰(Donguz orun / 標高4,454 m)、右端がナクタイ峰(Nacka tay)。この場所からでも1,000m以上も高い、峰々の頂を見上げます。
兄弟が並んでいるようなコグタイ峰(cogutai)の姿まで。氷河との風景が素晴らしく、双眼鏡を支える腕がしびれるまで眺めてしまいます。
見慣れているガイドでもその気持ちは同じなのか、双眼鏡をお渡ししてから戻ってくるまで20分間も眺望を楽しまれていました。「山は眺めても良し」は、万国共通です。
谷の反対側には、訪れたかった天文台の白いドームが輝いています。天文台が設置されるほど、天体観測に適した立地条件なのでしょう。昨夜のパーフェクトな満天の星を思い出します。
秋でも暖かで穏やかな陽気のことを、日本では「小春日和」と呼びますが、ロシアでは「老人の夏」と呼びます。なぜ、そのような呼び方をされるのか分かりませんが、この爽やかでありながらも日差しの強さから、なんとなくその意味が伝わってきます。
眺望と高山植物を楽しんだ後は、登山口での昼食です。屋台で羊肉の串焼き(シシカバブ)とコーラを注文します。「老人の夏」と呼ぶにふさわしい陽気の下、冷たいコーラを飲みながら、無意識に緊張していた登山者としての気持ちから、観光旅行者の気持ちに移ってゆくのが分かりました。
アザウロッジに到着です。先週は登山者としてロッジに入りましたが、今日は観光旅行者気分での「ただいま」です。
下山後のご褒美として、サウナを楽しみにしていました。サウナが始まる午後4時まで待ちます。タオル片手に、サウナ小屋に向かいます。ロシア通のリーダーから、ここ現地でのサウナの入り方を教えてていただきます。焼いた大量の石からの水蒸気が熱いこと熱いこと。血行が良くなるということで、リーダーから葉のついた枝で背中をパシパシと叩かれ続けます。やはり私は、疲労回復には湯船に浸かれる温泉の方が・・・。ロッジに戻ると、嬉しいことにタチアナさんたちが遊びに来てくれました。最後の夕食、ロシア語の辞書を片手に楽しい時間を過ごします。無事に登山を終えた安心感が、登山が終わってしまった寂しさに変わってゆきます。これから仮眠した後、午前2時にロッジを出発します。